大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成7年(行ク)2号 決定 1995年1月23日

理由

二 当裁判所の判断

2 検討

(1)  申立人らの主張の要旨

申立人澄井は、本件代執行が実施されることによって生じる回復困難な損害として、(1)現在の土地建物は同人にとって欠くべからざる生活の一部となっており、代執行により同人の生活の根拠が奪われること、(2)同人は長年、クリーニング業を家業として営んでいるところ、代執行によりこれまで築いてきた商売上の信用、得意先を失って廃業に追い込まれること、(3)収用手続の進行により同人の精神的・肉体的負担が増大しており、同人が七〇歳の高齢であって本態性高血圧、狭心症、貧血の各持病により病院から安静を指示されていることを合わせ考えると、右精神的・肉体的負担が生命・身体への危険に直結することを主張する。

また、同人は、代執行期間が平成七年一月二四日から同年二月六日までとされていることから、本件代執行手続の執行を停止すべき緊急の必要性があると主張する。

申立人野田は、代執行が実施されることによって生じる回復困難な損害として、同人は長年、同所で建物を賃貸して賃料収入を生活の重要な糧としていること、代替物件を与えられる予定がないこと、同人が高齢で高血圧症により稼働できず、同人の妻が高血圧の治療をしながらパートで働いて生計を支えていることを合わせ考えると、代執行により同申立人は老後の家賃収入の可能性を全く絶たれて生活の糧を失うことを主張する。

また、同人は、申立人澄井と同様、代執行期間が平成七年一月二四日から同年二月六日までとされていることから、本件代執行手続の執行を停止すべき緊急の必要性があると主張する。

(二) 被申立人の意見の要旨

被申立人は、本件裁決において示された申立人らに対する補償金額について福岡市が既に供託していること、申立人澄井に対しては地区内の近接地に住宅、店舗を用意していることから、本件代執行により申立人らに回復困難な損害が生じるとはいえない旨主張する。

(三) 申立人澄井の主張についての判断

本件疎明によれば、申立人澄井は、昭和二三年ころから現在まで、別紙物件目録一及び二記載の土地上の建物に居住して、クリーニング業を営んでいること、別紙物件目録一及び二記載の土地を含む一帯の土地は、本件代執行がなされた後、改良住宅一棟が建築されることが予定されており、その後、同人が別紙物件目録一及び二記載の土地に居住し、従来どおりの内容の下にクリーニング業を継続することは、今後事業計画が変更されないかぎり事実上不可能に等しいことが一応認められる。

しかしながら、申立人澄井は、福岡市が提供を申し出ている代替店舗においてクリーニング業の営業が可能であり、疎明によれば、右代替店舗は改良住宅の一階にあること、その面積は従来の店舗面積七五・九〇平方メートルから六〇平方メートルへと約一六平方メートル減少するものの、ほぼ同じ規模で営業を継続することが可能であること、同じ建物の上階に代替住宅も用意されていること(従来の住居面積七〇・三九平方メートル、代替住宅の面積七一・五一平方メートル)、別紙物件目録一及び二記載の物件と代替店舗及び住宅との間の直線距離は約四〇メートルにすぎないことが一応認められることを考慮すると、住居の移転、営業用機械の移設ないし新規導入、その間の休業による得意客の減少、営業規模の変更、営業方針の変更等によりある程度の損害を被ることがありうるとしても、それらの損害について金銭賠償が不可能であるとはいえない。

また、申立人澄井は、七〇歳の高齢であって本態性高血圧、狭心症、貧血の各持病により病院から安静を指示されており、収用手続の進行によって生命・身体への危険に直結する程の精神的・肉体的負担がある旨主張するが、前記のとおり同人は現在もクリーニング業の仕事に従事していること、市が現住居の近くに代替住宅を用意していることなどからすると、同人の高齢・持病等を考慮しても、別紙物件目録一及び二記載の土地の明渡しの代執行により直ちに同人の生命・身体への危険が生じるものと考えることはできない。

したがって、本件の代執行処分の続行により、申立人澄井に回復困難な損害が生じるとは認められない。

(四) 申立人野田の主張についての判断

本件疎明によれば、申立人野田は、別紙物件目録四記載の建物を第三者に賃貸していたが、平成四年三月に賃借人は退去し、右建物は現在空き家となっていること、申立人野田には代替住宅が与えられないこととなっているが、同人は昭和三〇年から本件事業の地区外に居住していたこと、本件裁決により同人には収用補償金合計二八二八万二一三四円が支払われること(ただし、同人が右収用補償金の受領を拒否したため、現在、福岡市が供託している。)が一応認められ、これらの点を考慮すると、代執行によって同人が主張するような回復困難の損害が生じるとはいえない。

3 以上のとおり、本件申立はいずれも理由がないから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 寺尾洋 裁判官 長谷川浩二 河村隆司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例